近年、社員教育やリーダー育成を目的に、企業内に大学を模した教育機能を設置する会社が増えています。企業内大学は、成長意欲のある社員に対し、学びや実践の場を提供することで一層の成長を支援するという機能に加え、会社として選抜的に優秀層を育成する機会としても活用されています。
そのため、企業内大学は人的資本経営の一翼を担うとともに、社員のエンゲージメント向上に非常に有用な施策です。加えて、採用活動時には企業のアピールポイントになる他、キャリアオーナーシップの推進を対外的に示す観点でも効果的な施策になります。
この記事では企業内大学がどのような役割を持ち、どのような成果を生み出しているのか、実際に導入している企業の事例も含め解説していきます。
企業内大学とは?社内研修との違い
企業内大学とは、「キャリア開発や専門性の獲得・向上を目的に、広くキャリア支援プログラムを用意し、その受講を希望する社員が自ら応募する形で運用するプログラム」と言えます。
社員の能力開発を支援するという観点では、企業内大学と社内研修は非常に似ています。一方で社内研修は、会社が定める目的の達成に向け、社員が自らの希望とは無関係に、強制的に参加を行う性質が強いものです。
例えば入社3年目社員を対象にした、コンプライアンス研修をイメージしてみましょう。これは会社として、情報の適切な取り扱いや、業務における不正の防止を目的として、会社が社員に対し受講を推奨または強制するもので「社内研修」に該当します。
一方で企業内大学は、会社が事前に様々な能力開発プログラムを用意し、成長意欲ある社員が自身の能力開発を自主的に行うための学びの体系である、という点で異なります。
いわゆる大学のように、複数のカリキュラムの中から、社員が自ら高めたい専門性やスキルに基づき、受講するプログラムを決定するのです。そのため主体は社員自身にある点が最も大きな違いと言えるでしょう。
企業内大学の設置目的
企業内大学は、大きく2つの目的に基づき運営されています。1つ目は、社員のボトムアップ的育成であり、2つ目は、優秀な人材の選抜育成です。それぞれの特徴は以下です。
社員のボトムアップ育成
論理的思考力や、基礎的ビジネス力、プレゼンテーションスキルや会計スキルなどの向上に資する幅広い研修プログラムを用意し、社員が自ら希望するプログラムを選択し受講するものです。
学ぶ機会を広く社員に公平的に提供することで、自らの能力開発にいつでもアクセス可能にすることで社員全体のボトムアップにつなげることを目的としています。
優秀な人材の選抜的育成
一方で経営幹部候補となる母集団形成を目的に、企業内大学を運営している企業もあります。
この場合、経営幹部に求める素養を定義し、そのスキルを体系的に醸成できるプログラムを会社側で事前に策定します。例えば財務会計、グローバル人材育成研修、ハードアサインプログラム等を1年間でカリキュラム化し、この受講を社員に対し義務付けるのです。
このには、希望する社員が受講できるとは限らず、一部企業では企業内大学への入学選考を実施し、合格者に対してのみ本プログラムを提供するのです。
企業内大学の設置事例
ここまで企業内大学の特徴や目的について紹介しましたが、次に、実際に企業内大学を設置し運営している事例に注目してみましょう。
ソフトバンク:ソフトバンクユニバーシティ
ソフトバンクでは、2010年に「ソフトバンクユニバーシティ」を設置し、ソフトバンクグループの経営理念である「情報革命で人々を幸せに」の実現に向け、社員が自らのキャリア開発に向け活用できる社内研修制度を用意しています。
ソフトバンクユニバーシティには60~70の講座が用意され、社員が自身のキャリア目標に合わせ、主体的に研修を選択し受講する方式を採用しています。
学びたいレイヤーと目的に応じて、以下3つの体系を用意しています。
- ビジネスプログラム:ビジネス基礎スキルや会計スキル、キャリアマインド 等
- SBU Techプログラム:テクノロジースキル
- 階層別プログラム:役職や職務ごとに必要となるスキルや知識
加えて、本プログラムではソフトバンクのあらゆる分野で活躍している社員が認定講師として研修を行っており、実務を通じて醸成された経験やノウハウを社員に展開することで、実践で活躍できる人材を育成しています。
出所:https://www.softbank.jp/corp/philosophy/human-resource/special/sbu/
マクドナルド:ハンバーガー大学
マクドナルドは全世界で100以上の国に店舗を有しており、各国にトレーニングセンターを有しています。一方で、「ハンバーガー大学」は、世界9か国にしかなく、その1つは東京に設置されています。
ハンバーガー大学では、従業員にリーダーシップやマネジメントスキル習得の機会を提供し、ビジネスパーソンとしての成長を支援することを目的に発足しました。です。特に「楽しく学びながら必要なスキルを身に付ける」ことを理念に掲げています。
マクドナルドの店舗社員は、入社後各店舗での実習(OJT)を受け、その後ハンバーガー大学でコースを受講します。ハンバーガー大学では以下3つのコースを設定しています。
- シフトリーダーシップトランジション(SLT):基本的なリーダーシップを学ぶ
- イントロダクショントゥデパートメントマネジメント(IDM):役割と責任を担うリーダーシップを学ぶ
- レストランオペレーションリーダーシッププラクティスコース(RLP):リーダーシップ、チームビルディング、総合マネジメントを学ぶ
加えて、マクドナルドでは40名の生徒を収容でき、スクリーンやプロジェクター、快適なデスクやチェア等が設置されたクラスルームを保有しているほか、未来のトレーニングを体験できるコーナーや参加者同士がコミュニケーションをとれるコミュニケーションスペースなど、実際の学びの場が用意されていることも特徴です。
出所:https://www.mcdonalds.co.jp/sustainability/people/hamburger_university/
三菱UFJ:MUFG University
三菱UFJでは、価値創造を担う次世代の経営人材の育成を目的に、2018年度よりラインマネージャー以上を対象とした MUFG University を開始しています。MUFG University は以下2つのコースを設けています。
- 次世代リーダーコース:部店長クラスを対象に、MUFG新任執行役員研修、MUFG理事研修、アセスメント&コーチングプログラムを提供。実践的な経営視座の獲得や次世代金融ビジネスの構想力獲得を支援しています。
- マネジメントコース:副部店長・次長クラスを対象に、Global Leaders Forum、リベラルアーツセッション、デザイン・デジタル思考、コーチング力強化プログラムを提供。グローバルベースでリーダーシップを醸成するとともに、経営判断に必要となるよ権力や構想力等の習得を支援しています。
本プログラムを通じて、MUFGカルチャーの浸透や、経営陣と社員のコミュニケーション活性化を狙うとともに、変化が激化する市場においても幅広い分野で活躍できるグローバルリーダーの長期的な育成を実現しています。
こうした体系的な研修を通じて、次世代経営人材の早期発見や、主要ポストに対する計画的な配置を行うことができるようになり、経営人材候補者をプールすることも併せて実現しています。
設立以来、毎年度170~200名程度の人材を輩出しており、2025年4月時点の公式HP上の記載によると、計1200名以上の社員が受講しているようです。
出所:https://www.mufg.jp/csr/social/hr/02/index.html
ソニー:ものづくり総合大学
ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ(SGMO)では、社員一人ひとりが主体的に学習し、スキルやノウハウの向上に取り組み、真の「プロフェッショナル」となっていくことを支援するため、社内の教育機関として「ものづくり総合大学」を設立しています。
事業の各である、ものづくりについて、これまで暗黙知であった技術やスキルを形式知化するとともに、蓄積・進化・伝承を進めていくことでものづくりにおけるプロフェッショナル集団としての成長を目指しています。
プログラムは以下からなります。
- 人間力強化~階層別育成、キャリア形成、グローバル人材養成、ダイバーシティ~:新人~管理職までそれぞれのキャリアに応じた必須研修を用意しているほか、グローバル人材養成、ものづくり経営人材育成にも注力しています。
- 専門性強化~プロフェッショナル育成~:ものづくりに関する専門知識を体系的に習得する場であり、座学と実践に基づくカリキュラムによりエンジニアリングやものづくりオペレーションスキルの獲得を支援します。
出所:https://www.sony-global-mo.co.jp/recruit/hrd.html
企業内大学による効果・設立メリット
企業内大学は、社員のレイヤーや職務、志向に応じて、適切なカリキュラムを体系的に用意している点で、有効な人材育成施策といえます。加えてこうした仕組みを会社主導で用意し、門戸を開いておくことは、社員のキャリアオーナーシップ推進を支援するものであり、それは社員エンゲージメントの向上に非常に効果的です。
※エンゲージメントについては以下で詳細を解説しています。
加えて、企業内大学では、自社の経営理念の浸透や中長期的な経営幹部候補の戦略的育成観点でも有効であり、サクセッションプランのキーとなる経験として位置づけることも有効です。
企業目線では、後継者候補の発掘や適性の早期見極めが可能になること、加えて配置計画を事前に策定することができるなど、大きなメリットがあります。
加えて、社員に対する投資として企業内大学をPRすることは、人的資本経営が叫ばれる今日においては非常に有効な手段とも言えます。
人的資本経営については以下記事で解説しておりますので、あわせて参考にしていただけますと幸いです。
企業内大学の目的やメリット、導入事例についてまとめました。企業理念や経営戦略を浸透させ、社員の戦略的育成を推進する観点で有用であると考えられます。参考になれば幸いです。
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