かつて日本企業の昇格といえば「在級年数」が大きなカギを握っていました。一定年数、業務に従事していれば昇格の権利を得ることができる、そうした年功序列的な仕組みは、長期雇用を前提とする日本型経営に基づく運用であったといえます。
一方で、近年この構造は大きく揺らぎつつあります。
たとえばヤマハ発動機やNTTといった大手企業が相次いで「実力主義型」の昇格制度へ移行しています。あるいは三井住友銀行も同様の昇格制度へに移行を予定しており、今後こうした先行企業に続く企業が益々増えていくことが予想されています。
本記事では、実力主義での昇格制度を導入する背景や狙い、そして企業や社員に及ぼす影響を多角的に考えていきます。
“在級年数ありき”の昇格が抱えていた課題とは
社員の「在級年数」を基準とする従来の昇格制度は、一定の年数を経れば昇格に挑戦できるものであり、企業にとっては人件費予測がしやすく、社員にとっても将来が見通しやすい仕組みでした。
しかしデジタル化やグローバル競争が進行する昨今においては、事業を牽引し変革をもたらことが求められており、それを担う人材には高いスキルが要求されます。こうした人材は必ずしも在級年数が長い社員とは限らず、むしろ自らの能力開発に積極的に挑戦してきた若手社員こそ適任である可能性もあります。
また年齢を重ねても役割を果たせない人材が昇格してしまう状況は、組織全体のパフォーマンス低下につながりかねません。加えて、若手社員にとっては「何をしてもあと数年は昇格できない」という閉塞感がエンゲージメント低下に繋がったり、離職の引き金となることもありました。
つまり在級年数に基づく昇格制度は、実力のある社員の登用を阻害する仕組みであり、かつ高い成果を収める社員のエンゲージメント低下や退職リスクを高める仕組みであったのです。
実力主義の昇格がもたらすメリット
こうした状況を打破する手段として注目されているのが、年次や在級年数ではなく「実力」で昇格を決める仕組みです。実力主義の昇格にはいくつかの大きなメリットがあります。
適所適材による事業強化
第一に、必要な人材を必要なポジションに迅速に配置できる点です。ヤマハ発動機が導入する「飛び級制度」はその象徴であり、成果を挙げた社員を年齢や年次にとらわれず昇格させることで、事業のスピード感を高める狙いがあります。
人材の囲い込み・他社流出(退職)を予防する
第二に、優秀な人材を引き留めやすくなることです。三井住友銀行が2026年から予定している新制度では、20代でも難易度の高い役割を担えば年収2,000万円に届く可能性があるといいます。外資系やスタートアップに流れやすかった人材にとって、国内大手であっても高い報酬と挑戦の場が得られる環境は大きな魅力となるでしょう。
昇格結果に対する、社員の納得性の向上
第三に、昇格基準を専門性や市場価値と結びつけることで、納得感を高められる点です。NTTは2023年から18の専門分野ごとに明確なグレード基準を設け、在級年数ではなく専門性の獲得度合いで昇格を判断するようになりました。社員からすれば「なぜ昇格できたのか」「どうすれば次のステージに進めるのか」が可視化されるため、キャリアを自律的に設計しやすくなります。
実力主義が抱えるリスクと課題
一方で、実力主義の昇格には注意すべき副作用もあります。
代表的なのは「短期志向」の強まりです。成果だけを重視しすぎれば、長期的な研究や地道な育成といった活動が軽視されるリスクがあります。ヤマハ発動機が成果評価とともに「コンピテンシー評価」を導入したのは、短期成果だけに偏らないバランスを意識した結果だといえるでしょう。
また、評価基準が曖昧だと「上司の好みによって昇格が決まるのでは」という不信感が生まれかねません。NTTが専門性ごとに明確な基準を設けているのは、評価の透明性を高める工夫です。
さらに、格差の拡大も無視できません。高額な報酬を得る人とそうでない人の差が大きくなれば、組織内の公平感が損なわれる可能性があります。これに対しては、評価基準の公開やスキルアップ支援制度などを通じて、努力すれば誰もが上を目指せる道筋を示すことが求められます。
ヤマハ発動機、三井住友銀行、NTTの取り組み
では、先に紹介した、3つの企業について、具体的にどのように昇格制度の見直しを図っているのでしょうか。
ヤマハ発動機
ヤマハ発動機は2025年1月から、人事制度を大幅に改定しました。最大の特徴は、従来の在級年数を撤廃し、飛び級を可能にしている点です。さらに、総合職・業務職・製造職といった区分を統合し、共通の等級制度に一本化します。
評価は業績だけでなく、挑戦や学習姿勢といった行動特性(コンピテンシー)も重視し、より立体的な昇格基準を導入する予定です。これは、社員の挑戦意欲を高め、長期ビジョン実現に向けた人材の流動性を高める狙いがあります。
出所:https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2024/0925/jinji.html?utm_source=chatgpt.com(YAMAHA 2024年9月25日ニュースリリースより)
三井住友銀行
三井住友銀行は2026年1月を目途に、年功序列型の給与制度とシニア社員の自動減給制度の廃止を検討しています。新制度の下では、役割の難易度に応じて大幅な報酬差を設け、20代の若手でも大きな役割を果たせば年収2,000万円を超える可能性があります。
従来はシニア層の給与抑制で人件費を調整してきましたが、それをやめて役割ベースの公平性を追求することにより、優秀な人材を惹きつけることを狙っています。
出所:https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/nkplus/newsl/post_298304?utm_source=chatgpt.com(テレ東京Biz 2024年6月17日報道より)
NTT
NTTは2023年4月から、18の専門分野ごとに求めるスキルや行動レベルを明確にした新たな人事制度を導入しました。昇格は在級年数ではなく、各分野での専門性の発揮度合いに基づいて決定されます。
これにより、社員は自らの専門領域で何を達成すれば昇格できるのかを理解しやすくなり、キャリア形成を自律的に考える基盤が整いました。
出所:https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/11/08/221108c.html?utm_source=chatgpt.com(NTT 2022年11月8日 ニュースリリースより)
「実力主義」を持続可能にするために必要な視点
実力主義の昇格は、一見すると合理的で時代に合った仕組みに思えます。しかし、それだけでは「短期的な成果競争」に陥る危険もあります。持続可能な仕組みとするためには、いくつかの視点が欠かせません。
まずは評価基準の透明性です。どのような役割を担えば昇格できるのかを明文化し、社員に開示することで、納得感と挑戦意欲を高められます。
次に、昇格ルートの多様化です。管理職として人を率いる道だけでなく、専門性を高めていくキャリアを同等に評価する仕組みを整えることで、人材のミスマッチを防ぐことができます。
さらに、スキル開発の支援や社内公募制度といった仕組みを通じて、社員が能力を伸ばす機会を提供することも重要です。
実力主義のその先にある企業の姿
実力主義の昇格制度は、単なる制度変更にとどまりません。企業の文化や人材戦略そのものを変える力を持っています。成果を挙げた社員を正当に評価することは挑戦を後押しし、組織に前向きな活力を与えます。一方で、その制度が持つリスクを正しく理解し、評価の透明性や人材育成とセットで運用することが求められます。
ヤマハ発動機、三井住友銀行、NTTの事例は、いずれも「役割や専門性を基軸とした処遇」へと舵を切ったものです。これから多くの企業が同様の見直しを進める中で、実力主義の昇格は「挑戦する人が報われる組織文化」を醸成する重要な手段になるでしょう。そして、その先にあるのは、人材が社内外を行き来しながら学び続け、企業自体も絶えず進化し続ける姿です。
コメント