はじめに:なぜ今「デジタル人材の育成」が重要なのか
デジタルトランスフォーメーション(DX)の波があらゆる業界に押し寄せる今日、「デジタル人材の確保と育成」は、企業の競争力を左右する重要なテーマとなっています。
例えば、市場に目を向ければChat GPT等の生成AIが台頭してきています。社会に目を向ければ人口減少が続き労働力の確保が年々厳しくなっています。そのため、デジタルを活用できる業務領域をしっかり作りだし、ヒトという有限リソースは本来人手をかけるべき領域にしっかり配置していくことが重要となってきます。
一方で、その必要性は理解していれど、実際には「どのようなスキルを持つ人材がデジタル人材なのか」「どうやって社内で育成していけばいいのか」といった点が不明確であるため、その具体的なアクションに踏み出せていない企業も少なくありません。
本記事では、デジタル人材の定義、育成の具体策、育成成功事例までをわかりやすく解説します。
デジタル人材とは?その定義と分類
デジタル人材とは、デジタル技術を活用して業務の変革や新たな価値を創出できる人材を指します。経済産業省ではDXを推進する主な人材として以下5つの人材類型を定義しています。
人材タイプ | 人材定義 |
ビジネスアーキテクト | DXの取組みにおいて、ビジネスや業務の変革を通じて実現したいこと(=目的) を設定したうえで、関係者をコーディネートし関係者間の協働関係の構築を リードしながら、目的実現に向けたプロセスの一貫した推進を通じて、目的を実現する人材 |
デザイナー | ビジネスの視点、顧客・ユーザーの視点等を総合的にとらえ、 製品・サービスの方針や開発のプロセスを策定し、 それらに沿った製品・サービスのありかたのデザインを担う人材 |
データ サイエンティスト | DXの推進において、データを活用した業務変革や新規ビジネスの実現に向けて データを収集・解析する仕組みの設計・実装・運用を担う人材 |
サイバーセキュリティ | 業務プロセスを支えるデジタル環境におけるサイバーセキュリティリスクの 影響を抑制する対策を担う人材 |
ソフトウェアエンジニア | DXの推進において、デジタル技術を活用した製品・サービスを提供するための システムやソフトウェアの設計・実装・運用を担う人材 |
出所:https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/skill_standard/20240708-gp-1.pdf
つまり、ITスキルだけではなく、課題解決力・業務理解・顧客志向といった複合的なスキルが求められており、それぞれの人材は、他の人材タイプを巻き込みながらDX推進を担うことが大切です。
デジタル人材を「育てる」ための3つのステップ
① スキルマップの作成と現状把握
まずは、企業が求めるデジタルスキルを明文化したスキルマップを作成しましょう。具体的には、事業や職種ごとに、その業務に従事するうえで必要となるスキルレベルを定義することが大切です。
そのうえで、社員一人ひとりが持つスキルについて現状の把握を行います。すでに高いスキルを有する社員もいれば、求める水準と相当にギャップがある社員もいることでしょう。
一人ひとりのスキルについて、目標と現状の到達度を可視化・比較することで「誰に対して」「どのようなスキルを」「どのような手段を通して育成することが必要か」が明確になります。
② 職種・レベル別の育成プログラム構築
アクションプランの検討・実行にあたっては、職種や経験、現時点での保有スキルレベルに応じた階層別育成プログラムが有効です。資格は有しているが現業で活用するシーンがない社員もいれば、そもそもスキル獲得自体がこれからの社員もいるでしょう。そのため全社員研修のように大多数に対し画一的な育成アプローチをとるのは非効率であるため、社員の階層別に育成プログラムを企画・実行することが有意義です。
階層別育成プログラムの実施にあたっては、実施様々な例えば以下のように段階を分けると効果的です。
- 初級者向け:ITリテラシー研修、デジタルツール活用トレーニング
- 中級者向け:データ分析、ロジカルシンキング、プロジェクトマネジメント
- 上級者向け:AI、IoT、ビジネス戦略設計、部門横断プロジェクト経験
育成にあたっては、座学のような一方向でのレクチャーにならないよう、実践による成果物の提出を義務付けることも効果的です。社員の多くは現業に取り組みながら、育成プログラムを受講します。
そのため、自身の予定や都合にあわせてアクセス可能なeラーニングや外部講座の活用も併用し、継続的な学習環境を整えることが大切です。
③ 実践の場を用意し、挑戦させる文化を醸成
研修だけで終わらせず、社内プロジェクトやPoC(概念実証)など、学んだ知識を現場で活かす場を意図的に設けることが重要です。
具体的にはDXを活用できる実業務について社内から広く募り、その業務変革をケーススタディとしながら、社員が実践的に変革を請け負うのです。机上で学ぶだけでなく、習得したスキルを自ら発揮し、変革に対する成功体験を蓄積することが重要です。
人事が取り組むべき施策:社内変革のカギは「人材戦略」
本育成を成功に導くためのカギは人事部門が担っているといっても過言ではありません。デジタル人材育成が経営上の重点施策であり、全社的に取り組むべき挑戦であると宣言する必要があります。例えば、
- 経営層と連携した育成計画の立案:いつまでにどれくらいのレベルの社員を何人創出する、という具体的な目標について、中期経営計画に盛り込むなど経営課題として位置づけることが効果的です。
- DXビジョンに連動した人材要件の策定:デジタル人材の育成自体が目的ではなく、保有するスキルを活用して事業の高度化を推進することが目的です。そのため社内の業務高度化を期待する具体的なポジションを用意し、そのポジションを担うべき具体的な人物像を定めた人材要件について策定しておくことが重要です。
- 現場と一体となったOJT体制の整備:社員が自身のデジタルスキル向上のために実践できる環境を用意する必要があります。職場において積極的にケーススタディを用意してもらったり、あるいは社員が研修へ参画する際に気持ちよく送り出してくれる文化を形成できることが望ましいでしょう。
これらの取り組みによって、デジタル人材育成に対する会社の本気度を全社的に示すとともに、社員一人ひとりの成長を推進し事業貢献へとサイクル化していくことができます。
なおデジタル人材の育成は、社員に対する投資であり、すなわち人的資本経営の根幹となります。その意味でも積極的に取り組む意義があります。
事例紹介:成功企業に学ぶ育成モデル
キリンホールディングス株式会社:階層別の「キリンDX道場」で1,500人を育成
キリンホールディングスは、2021年よりビジネスアーキテクト人材の育成を目的に、デジタルスキル向上プログラム「キリンDX道場」を開始しました。このプログラムは、初級(白帯)から上級(師範)までの3段階で構成され、オンライン講座や認定試験を通じて社員が段階的にスキルアップできるよう設計されています。この取り組みにより、2024年度末までに1,500人のDX人材を育成し、デジタルを活用した課題解決や新しい価値創造を目指しています。
出所:https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2021/0709_03.html
ダイキン工業株式会社:社内大学「DICT」で実践的なデジタル人材を育成
ダイキン工業は、2017年に企業内大学として「ダイキン情報技術大学(DICT)」を創設しました。このプログラムは、①AI活用(ビジネス提案力)、②AI技術開発(AIでの問題解決力)、③システム開発(AI具現化力)の3分野の人材が量・質ともに不足していることから、階層別に講座をラインナップし、育成体系を構築しています。
出所:https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/000971051.pdf
日清食品ホールディングス株式会社:「NISSIN DIGITAL ACADEMY」で全社員のデジタル武装を推進
日清食品ホールディングスは、「DIGITALIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)」をスローガンに掲げ、全社員のデジタルスキル向上に取り組んでいます。社内のデジタルリテラシー向上のために、7つの重点領域ごとに多彩なカリキュラムを用意し、社員はオンラインで自由に受講することができます・
IT部門によるデータ分析・アプリ開発等に加え、外部講師による生成AIの効果的な活用方法の講座等を提供することで、全社的な業務効率化につながっています。
出所:https://www.nissin.com/jp/company/sustainability/assets/pdf/dx.pdf
おわりに:育成から始まる、持続可能なDX経営へ
「デジタル人材を採用で確保するのは難しい」と感じている企業こそ、社内での人材育成に本気で取り組むべき時代に来ています。人事は「戦略人事」としての役割が求められ、デジタル変革の推進者となることが期待されているのです。
まずは、自社にとっての「理想のデジタル人材像」を定義するところからスタートしましょう。目的不在のままで社員のデジタルスキル向上だけを促しても事業の変革や効率化にはつながりません。
社員がデジタルスキル向上に挑戦しようとする風土を、いかに仕組みとして構築していくか、つまり人事が経営戦略に即した戦略人事として旗振りを行い、社員が自ら学び、成長できる環境を整備することが企業の未来を切り拓くカギとなるはずです。
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