近年、環境や社会課題に対する関心が高まり、投資家を中心に企業の持続可能性(サステナビリティ)を重視する動きが加速しています。特にESG投資が広がってきたことで、「人的資本経営」への取り組みが進められるようになりました。
また、上場企業の約4000社に対しては、2023年3月期の有価証券報告書より人的資本に関する情報の開示が義務付けられています。
本記事では人的資本経営の意義や目的等について、解説します。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、社員が持つ能力やスキル・知識等を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで持続的な企業価値の向上につなげる経営の在り方を指します。
経営資源として、「ヒト」「モノ」「カネ」が挙げられるように、従来「ヒト」つまり社員をコストとして捉え、有効的に活用することで企業価値を高めていくことが暗黙的にありました。この考え方を「人的資源経営」と呼びます。
人的資本経営では、人材をコストとして捉えるのではなく、投資対象として捉え、人材の価値を高める経営的アプローチという観点で大きく考え方が異なります。
そのため近年、投資家などの企業を取り巻くステークホルダーより、この人的資本に係る情報開示を強く求められているのです。
人的資本に係る情報開示をとりまく動向
人的資本情報を開示する動きは、どのように誕生し広まってきたのでしょうか。
人的資本情報開示の動きは、欧米が先行しています。背景として、国際標準化機構において2018年に「ISO30414」が策定されたことがあります。
ISO30414は、(詳細は割愛しますが)コンプライアンスやリーダーシップ、組織文化等、計11の領域について、企業の水準を測定する基準を示した人的資本情報開示のガイドラインです。
また、その後2020年には米国証券取引委員会が上場企業に対し、人的資本情報の開示を義務化しており、欧米において広がってきた動きといえます。
日本における動き(人材版伊藤レポート)
そうした欧米の動きを受け、日本では2020年に、「人材版伊藤レポート」が公表されました。
人材版伊藤レポートは、経済産業省が発表した企業の持続的な企業価値向上と人材戦略の方向性を示すレポートであり、2020年1月に開催された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書に位置付けられます。
加えて2022年には、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか、という観点で、「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。このレポートでは、企業が人的資本経営を実践するために必要なフレームワークが策定されました。
その後2023年3月期の有価証券報告書から、上場企業4000社に対し、人的資本投資に係る情報の開示が義務付けられています。具体的には、人材育成方針や社内環境整備方針(従業員数、平均年齢、平均勤続年数、平均年間給与、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金格差)について開示対象とされています。
人的資本経営に取り組む
では、人的資本経営といっても、具体的にはどのように取り組んでいけばいいのでしょうか。
経営戦略と人材戦略の連動
シンプルに言えば、事業計画を達成するために、頭を使い考え、行動に移していくのは社員であり、つまり人材です。経営戦略を実践するのは人材であるからこそ、本来は経営戦略と人材戦略は連動するものである必要があります。
よく経営戦略と人材戦略を連動させるために、こういう体制を整備しよう、という記事も見かけますが、あくまで体制やレポートラインは手段の話であり本質的な論点ではありません。
事業課題に基づき、社員の専門性の高度化支援やリスキリング支援を実践したり、あるいは事業間のリソースのシフトを実施する等、必要な人材戦略を実施することが求められます。そのため一定の権限も必要となります。
本機能の設置に向けて
いわゆる従来の人事では、採用や人事異動調整、あるいは労務厚生対応や給与対応等に稼働が割かれることから、本機能を”あわせて持つ”ということは現実的に困難です。おそらく日々のオペレーショナルな業務に追われ、考えることに十分な時間を割くことができないからです。
そこで、この戦略人事を体現する、つまり本機能に稼働を100%費やすことができるようにする、という観点からも、新たな人事機能としてCoE(センターオブエクセレンス)という考え方を取り入れる企業も増えてきました。
CoEは会社全体の戦略を考える人事の中枢的機能のことで、事業ごとに戦略を考えるHRBPと連動する機能となります。CoEについては別の記事でまとめていきます。
まとめ
人的資本経営については、必要な情報を開示することが目的ではありません。
社員をコストとして捉えるのではなく、投資対象として捉え、人材の価値最大化に向けた取り組みを行うために、経営戦略と紐づく人材戦略を立て、実行することが重要となります。
本記事が従来の人事について見直す契機になると幸いです。
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